あれは私でした。
10年くらい前のことです。
ある日のこと、春だったと思います。お仕事で綾部市役所に車で行きました。
会社の車を、市役所入口の向かって右側にある専用駐車場に止めました。
打ち合わせのための資料を出したりと、狭い車の中で大きなカバンをあけて、ハンドルの前でゴソゴソしておりました。
ふと顔を上げてみると、さっきまで誰もいなかった市役所の玄関の前に、大勢の職員さんが集まって整列されていました。
きっと大切な方のお見送りなのだと思います。部長、課長、次長、係長。そして市長や副市長の顔も見えたと思います。
厳粛な雰囲気の中で、誰かが挨拶されたり、拍手をされたりと、お見送りのちょっとした式典のようになっていました。
私はその様子を横目で見ながら、狭い車の中で資料を取り出したり、確認したりを続けていました。
その時です。突然私の車のクラクションが高らかに
「パーーーーーーーーーー!」
っとけたたましく、式典の中を鳴り響きました。
ちょうど長距離トラックの気の荒い運転手が、前の車を威嚇しているような感じです。
私は、その時何が起きているのか一瞬理解できませんでした。しかしどうも大きな音でクラクションを鳴らしているのは、確実に私の車のようです。とても大きな音がしています。
式典に出席されている職員の方々全員の顔が、一斉にこちらに注がれるのがわかりました。
私の取り出しているたくさんの資料と、大きなカバンが、運悪くハンドルの隙間とダッシュボードに挟まってテコのようになりクラクションが押しっぱなし状態になってしまっているのです。私は一刻もはやく、その事態を回避しようと必死になりましたが、なかなか挟まったカバンがぬけません。
一体何十秒鳴り続けたのかわかりませんが、かなりの間、クラクションは鳴り続けたあとやっと鳴り止みました。
市役所の方とは、お仕事の関係上かなりの方と顔なじみになっており、私だと認識された方もいらっしゃったと思います。
式典を妨害しようとクラクションを鳴らしているように見えたか、ただのあほうが面白半分で鳴らしたか、どちらかに見えたと思います。
その後静かに式典は終わり、私は黙って車の中にいました。
「穴があったら入りたい」とはこのような時に使うのでしょう。
もう随分昔の事なので、許してください。
ごめんなさい。あれは私でした。