楽譜を読む人
大学生の頃、大阪で鉄を運ぶアルバイトをしていました。そこで知り合った人の話をします。
そのアルバイトは、今から思えば、なんであんなことをしていたのかわかりませんが、とにかく重い鉄の棒を、ある工場の一画から別の場所へと言われたとおりに運ぶアルバイトでした。何の意味があるのか、その時は考えもせず、言われた通り大勢の人間で大量の鉄の棒を運ぶ、肉体的にとてもキツイ仕事でした。
そのアルバイトに同じころに参加した、やはりどこかの大学生と自然に仲良くなり、休み時間によく話をするようになりました。
「きっついの−!」とか言いながら、その彼と段々打ち解けていきました。自然と、趣味などの話題になり「どんな音楽聞いてんの?」とか聞いたところ、なんと「クラシック」だという答えが返ってきました。
当時バンドをやっていた私は、少しは人より音楽の知識もあったので、そこから共通の話をしようとしたのですが、クラシックは全くわからないので、「へーすごいな~」などと話していました。
そしてよくよく聞いてみると、レコードを聞くのは勿論好きなのだけれども、楽譜を読むのも大好きだと言うことでした。
楽譜を読むのが大好きとは、どういうことなんだろう?私もバンドをやってるおかげで楽譜が読めないわけではありませんが、それを楽しいと思ったことは一度もありません。
「へー」などと感心しながらもっと聞いてみると、ある好きな作曲家がいて、お金がなくてレコードを買えない時は楽譜だけを買って、それを読むということでした。
そしてさらに聞いてみると、レコードを聞くのと同じように、楽譜を1ページ目から読んでいって、最後のページまで読んで、「あーよかった!」と感動するらしいのです。
またまた驚きました。カッコつけて言っているようには見えません。そもそもアルバイトで知り合ったばかりの私にカッコつける必要などどこにもありません。
私にはとても信じられなかったので、何度もききました。「オーケストラの音がきこえるの?」「小説読むように読むの?」どれもイエスでした。
個人の能力ですが、彼は人よりとても幸せな能力を持っているように思います。最初から読めたわけではないでしょうが、どうしてそんなことが出来るようになったのかは、聞かずじまいでした。
世の中には、色んな人がいるもんだなあと、今でも時々彼のことを思い出したりします。