奇跡の走行
得意げに言うことではないと家族からは言われるのですが、私にしたらちょっとした自慢なのでお話しします。
ある日の出来事です。季節は冬だったと思います。当時私は福知山の長田野工業団地の企業に勤めていました。
その日も普通に仕事が終わって、たしか夕方の7時頃だったと思います。いつものように車に乗り込んで、調子よく会社の門を出ました。しかし門を出て1分もたたないうちに、急にエンジン音が弱くなり、聞き覚えのある「プスッ」という音を最後に、車が止まってしまいました。
なんとガス欠です。
さすがに現在では、ほとんどしなくなりましたが、私は若い頃仕事が忙しくなると、ひとつのことしか考えられなくなり、ガソリンを入れ忘れては、道端で停止してしまうということを、時々やっておりました。
その時も「ああ、またやってしまった」と自分の不注意さを痛切に感じました。しかしいつまでも悔やんでいてもしょうがないので、とりあえず安全と他の車に迷惑にならないようにと、車の「惰性」を利用して道路脇に避けることにしました。
私の当時働いていた会社は、丘の上のような所にある工業団地の一画にあり、帰り道はまずその丘を下るところから始まります。
エンジンが止まっている私の車は「惰性」で、丘の緩やかな坂道を下っていましたが、今にも止まろうとしていました。
その時、私はふと考えました。坂を下るスピードが多分5キロくらいはあったので、下のガソリンスタンドに向かって、行けるところまで少しでも転がしてみよう。ガソリンスタンドまでは100メートル以上はありました。
車は坂をどんどん下って行きます。ガソリンスタンドまではとても行けないにしても、少しでも近づいてくれたらと祈るような気持ちで、車道の左をゆるゆると下って行きました。幸い車がほとんどいなく、安全上問題はないようでした。
しかし前方に信号機が見えて来ました。「ああここで終わりか!」と思って軽くブレーキを踏み込もうとした瞬間、なんと幸運なことに信号が青に変わったのです。
気を取り直して、もう少しだけ車を滑らしてみようと考えました。そしてそのまま信号を抜けると、しばらくしてなんとガソリンスタンドの看板が見えてきました。
私の頭の中に「もしかして…」という淡い期待が生まれました。もしかしてこのままうまく転がって行ったらガソリンスタンドまで到達するのではないかと
しかし「人生そんなにうまくいくはずがない」というのが私の持論であり、半分諦めていたのですが、エンジンの動いてない車はどんどん進んでいって、なんとガソリンスタンドのそばまで近づいてきました。
そして本当にガソリンスタンドまでたどり着いてしまいました。また驚くべきことに、少しだけ高くなっている歩道もうまく乗り上がって、するすると給油場所へ入って行くではありませんか。
私は、エンジンがかかっている車が、ガソリンスタンドへ入っていくのと同じようにして、停車位置を確かめ、少しだけ軽くブレーキを踏んで、給油場所に車をスッと止めました。
「いらっしゃいませ!」
普通に、元気な従業員さんが声をかけてくれました。
従業員さんたちは、まさか全くガソリンが入っていない状態でエンジンが止まったまま、ここに到着したとは誰も気づいていません。
「やった!」
車の中では、何もなかったような顔をしてすましていましたが、この奇跡的とも言える出来事に、ココロの中は歓喜の渦に巻き込まれ大騒ぎのカーニバルとなりました。
これが人に得意げに語れる、低次元の自慢話でございます。
なんにも偉くはありませんが。