犬の話
農産物の販売のデザインを頼まれ「会社」ではなく、ある田舎の「一般家庭」へお伺いしたときの話です。
その日伺ったお家は、立派な古い農家のお家でした。そして私が門をくぐると同時に、大きくて黒い犬が待ち構えていて、ものすごい勢いで吠え始めました。
わんわんわんわんわんわんわんわん!
私はびっくりして、飛び上がらんばかりでした。猫はまあまあ大丈夫なのですが、犬はかなり苦手なのです。
その犬は、全く吠えるのをやめてくれそうにもありません。つながれた紐を最大限にのばして、スキあらば私に飛びかかって喉元に噛みつかんばかりの勢いです。
私は全く怯んでしまいました。
一度は帰ろうかと門を出てしまいましたが、よく考えるとやっぱりココは大人だし、たかが犬一匹のことでビジネスの予定を変更するのは次元の違う話だと思い直し、もう一度門をくぐりました。
しかし相変わらず黒い犬は、牙をむき出して私を睨んでいます。
わんわんわんわんわんわんわんわん!
犬は、とりつかれたように同じテンションでひたすら吠え続けます。
あー困ったな どうしよう。
しかしよく考えてみると、この犬はしっかり紐でつながれていて、まさか紐が切れるなんてことは絶対にありえないし、完全に私のほうが有利であることに気が付きました。
犬はひたすら吠えていましたが、私も有利だとわかると少し余裕が出てきて、
「犬は目を見て睨み付けると、負けたと思っておとなしくなる」
と聞いたことがあったので、とりあえず睨み返してみました。
犬の目をしっかり見て、じっと立ち止まってものすごい形相を作って睨んでみました。
わんわんわんわんわんわんわんわん!
しかし犬は一向に負けたような素振りは見せず、更に勢いをましたように、吠え続けました。
私はさらにワンランク上のすごい形相を作って睨み返してみました。もう犬と私は動物と動物のプライドをかけた戦いになっていました。
どのくらいの時間がたったでしょうか、あまりのバトルだったので気が付かなかったのですが、私と犬が睨み合っている間にいつの間にか玄関からデザインの依頼主である奥さんが出てこられていて、私の様子を不審そうに見ておられたのです。
私ははっと我にかえり、睨んでいた顔をもとに戻しました。
できるだけ穏やかな顔に戻したつもりでしたが、戻っていたかどうかはわかりません。
「ああ こんにちは。」
しかしもう後のまつりです。
あんな怖い犬でも、奥さんはきっと可愛がっているのでしょうし、それを睨みつけている初対面のへんな男はどう見えたでしょうか。
その後のデザインの話の間も終始不審そうな顔で私を見ておられ、お話も上の空で帰ってきました。
思い出せばいまだに腹が立ってくるあの犬!
わんわんわんわんわんわんわんわん!